A:小林由佳写真展 《それはみずのようなもの。》(ギャラリー門馬ANNEX)

小林由佳写真展 《それはみずのようなもの。》(ギャラリー門馬ANNEX 2011/6/17-26)

今期何日目かの夏日となった午後、旭が丘の「ギャラリー門馬ANNEX」さんにお邪魔しました。周辺は、むわっとする草いきれと、ハリエンジュの甘い香りが漂います。札幌ももう夏ですね。ギャラリーのなかもさぞかし暑いのだろうと思いきや、ドアが開放されているおかげで風が通り抜け、ほどよい気温です。窓から差し込む日陰特有の青みがかった陽の光と、照明のオレンジ色の光が入り交じって、非常に美しい空間となっています。奥にゆくにしたがってだんだんと薄暗くなるのも、このギャラリーの特徴ですね。雑多な光の種類とそれらの強弱が描くささやかなスペクタクルを目にすると、暑いのは嫌だけれど、夏もまぁ悪くないかなと思ってしまいます。

そんな光景のなか、小林由佳さんの白黒の写真が、白い壁面を遠慮がちに飾っています。額を使わず、写真を透明なアクリルの板で押さえ込むように壁に貼り付ける展示方法は、とてもシンプルで、鑑賞を妨げません。むしろ視線を、写真に写されている対象や、そこに込められている意味や作者の思いに直接向かわせるような威力すらありました。とてもよいと思います。

作品は、作者がある男性と写真を「撮りあいっこ」したものと、その男性とともに歩きながら、気の向くままに撮ったスナップと思われるものがありました。「撮りあいっこ」の方は、作者と男性の写ったものを対にしたものが何組かあります。展示はおそらく時系列なのだろうと思いますが、順番に見てゆくと、最初から最後まで両者ともはにかみ、おどけてみせたり、ポーズをとってみせたりしながらも、距離の取り方の戸惑いを隠しきれない、そんなみずみずしいやり取りの様子がうかがわれます。おそらく、1台のカメラをキャッチボールするように撮り進めていったのでしょう。結果として、お互いが手の届く距離に身を置かなければならず、そのことがさらに戸惑いと、戸惑いがうむ直截な表情を引き出したのかもしれません。

一方、スナップの方はなんでもない街角や、木々や花を撮ったもののなかにまぎれて、時折男性の姿が写し込まれています。歩いている男性の後ろをついてゆきながら撮ったような印象です。男性についてゆきたいという欲求、世界の様々な事物を目撃したいという好奇心、自分がその時その場に存在することの幸福感など、多くの感情が等価のものとして混ざりあう、実に素直な写真です。とても素敵ですね。写真の基本にというか、「まず撮ること」に忠実な写真だと思いました。

ただ、隠しきれない内向性と完結性は気になるところです。自己と自己を取り巻く世界を確認し、それらを大事に包み込んでぴったりと蓋をしてしまったような、そんな感じです。触れたら傷つけてしまいそうで、手を伸ばすのがためらわれます。なぜ彼女がこれらの写真を外に向けて示そうと思ったのか、興味をもちますね。そうする必要がなさそうにも思えるからです。矛盾すら感じます。表現することと、その成果を示すことに、まったく別とは言わないまでも、どこか異なる動機があったのではないでしょうか。とても不思議です。

ともあれ、本当に素敵な写真たちでした。みずみずしく、甘く、切ない。季節の香気にあてられたような心地です。